センパイSTORY

センパイSTORY -山田将太郎さん-

ツグムくん。
地方にはジモトに根付いて、代々続いてきた企業ってあるよね。
その土地の人は誰でも知っている会社。ツグムくんのジモトでも、思い当たる会社ある?

あります、あります!そういう会社って、
「あれ、この施設も○○が運営してるんだ」ってくらい、
地元でいろいろな事業を展開しているんですよね。

その土地を離れると誰も知らないけど、その土地の人は”誰でも”知っている。
今回は、そんな地元密着型の企業のアトツギの先輩にお話を伺ってみるよ!

よろしくお願いします!


センパイSTORY

– 山田将太郎さん –

今回の「センパイSTORY」は、山口県で石油事業を主軸にレストランやレジャー事業も手がけている山田グループの「アトツギ」であり、(株)山田事務所取締役の山田将太郎さんに、「アトツギ」としてのこれまでのキャリアとこれからの想いを伺いました。

//『社長』ではなく『実業家』を目指した幼少時代

早速ですが、代々続いている会社社長の長男となると、子供の頃から後継者であることを意識していたのでしょうか。

「私は家業がある山田家の長男として生まれたので、将来は事業を継ぐのだということは理解していたと思います。小学生の頃に、将来の夢を書く機会ってあるじゃないですか?周りの友達は『社長になりたい』とか『お金持ちになりたい』と書いている人もいたのですが、私は『社長』になりたいではなく、どこかで聞いたことのあった『実業家』になりたいって書いていましたね。社長というのはほっておいてもなれるかもしれない。それなのに社長になりたいっていうのはなんか嫌でした。だから単なる社長ではなく、実業家になりたいって書いていましたね。」

小学生の頃からぼんやりと『実業家』を目指していたんですね。
ご両親からは、実業家になるための心構えを教わってきたのでしょうか。

「そんなのはないですよ(笑)。そもそも小さい頃に両親や祖父母から将来事業を継いでほしいと明確に言われたことはなかったですね。その頃は家で両親と仕事の話をすることもなかったですしね。
ただ、地域のお祭りなどで会社の関係者の人たちと接すると、後継者として期待を寄せられてるんだなということは感じていました。」

小学生くらいだと、仕事の話なんて興味ないですよね。興味を持ち出したのはいつ頃でしょうか。

「中学生の頃からは、漠然と社長とは何をする人なのかに興味が出て来ました。それでも社長としてどんな仕事があるのかということよりも、山田家はこれまで何をやってきたんだろう、今何をやっているんだろうと家業の内容について興味を持つようになったと思います。その時の自分には、山田家は商売をして地元の役に立つことをしているんだということは理解できました。今でも印象に残っているのは、祖父が言っていた『地元に雇用を作る』ということですね。これは良いことだなぁと思っていました。」

中学卒業後、高校は父親と同じく地元山口にある公立の進学校に、大学は祖父と同じく慶應義塾大学に進学。

「特に勧められた訳ではありませんが、今振り返ると父や祖父の影響も大きかったですね。」

//『いつか帰る』を受け入れてくれる場所へ

大学を卒業後、どのようなキャリアに進みたいと考えたのでしょうか?

「いつかは地元に帰るという想いがあったので、定年まで勤め上げることが前提の年功序列的な会社は嫌でした。若いうちから仕事を任せられる会社がいいと思いましたし、将来家業を継ぐつもりであることを就活の時点で受け入れてくれる会社を探しました。結果としてリクルートに入社させて頂くことになりました。」

家業と同様の事業を行っている会社で、『専門性』を身に付けようとは考えていなかったのでしょうか?

「父も家業を継ぐ前は今の仕事と全く関係ない会社で働いていました。就活の際に父と話す機会もありましたが、山田家に近い事業で専門性を学んで欲しいといった話は出なかったですね。私もまずはビジネスを動かすことを学べる会社に入りたかったんです。」

それでもキャリアについて相当悩んだという山田さん。

「周りのみんなが就活で説明会に行く中、一人でアメリカに行きました。会ってみたい人がいたんです。その方に今後のキャリアについて相談したところ、『将来継ぐかどうか抜きにした時、何をやりたいのか?』というアドバイスをもらって、その目線を持って考えた結果、リクルートへの入社を決意しました。」

// プライベートの変化もUターン決断のきっかけに

社会人になって5年が経ち、山田さんは山口にUターンする事を決意した。山口に帰ろうと思ったきっかけは何だったんでしょうか。

「入社当時から5年をキャリアのひとつの区切りとは考えていました。会社での部署移動や転職も選択肢に入れながら進路を考えました。最終的にUターンを決断したきっかけには、実はプライベートの変化もありました。
社会人4年目で結婚をして、5年目には第一子が生まれました。振り返ってみると子供が生まれて半年ほど経った頃が、今後のキャリアを考える上でも丁度転換期だったかもしれないですね。
結婚を機に実家に帰る機会が増え、両親とも自然と話す機会が増えました。その中で父とも以前よりも家業に関わる具体的な会話をするようになり、地元に帰ることのリアリティが高まりました。また、子育てをするのにも東京よりも地元のライフスタイルの方が向いていると思いました。」

プライベートの変化、特に子供の誕生が山田さんの心に変化をもたらした。
今いる会社で新しい道に進むのか、元々ある家業の方向に進むのか。山田さんは後者を選んだ。

山口に帰ってきて生活はどう変わったのでしょうか。

「山口に帰ってきて1年間は本当に大変でした。私も妻も環境に慣れるまでに時間がかかりましたね。東京に住んでいれば行きたいところにすぐ行けますが、山口は車社会ですしお店同士の距離も遠いので最初は不便で。生活の前提が違いますしね。だいぶ気負ってた部分もあって私自身、体調を崩す事も多々ありました。半年くらいしてようやく慣れてきましたがそれまでは相当大変でした。」と。

// 家業での挑戦、地元に子どもの遊び場を!

山口に帰ってきた山田さんは、ついに家業の石油会社に入社。

一般的な転職ではなく、後継者として会社に入社した山田さん。そういう場合って、まずどんなことをするんでしょうか、気になります。。

「私の場合は、前職でずっと経理をしていたこともあり、最初の1年間は経理の仕事をしていました。
会社がどんなことをしているのかをまずは知りたかったので、財務諸表を見たり、自分なりに調べてみました。子供の頃から身近にあったとはいえ、やっぱり入社する前はよくわかっていなかったんです。」

実際、調べてみてどうでしたか。

「自分がなんとなく思っていたよりも会社は大きいなと思いました(笑) 
もうすぐ創業から100周年になるんですが、それだけの期間、石油を生業にやってきたのはすごいなと。責任も感じますよね。」

1年間は経理の仕事をしつつ、管理職向け社内研修のプログラムの企画などを行った。

そして、2年目。

「グループ全体のことが見えてくるようになったとき、気になったのがレジャー事業のくだまつ健康パークでした。温泉や食事、お芝居を楽しんだり、宿泊もできる施設で、祖父の代に始めた事業です。
地域の皆さんに親しまれている施設ですが、若い利用者の増加が課題でした。そこで施設内にキッズパークを作ることにしました。
この地域は、子育て世代の住み良い街として取り上げられていたりするんですが、子供向けの有料の遊び場がなかったんです。
既存施設との相乗効果もあると踏んで、自分で収支計画立てました。」

新しいことを始める時に現場の戸惑いはなかったですか。

「実は私はホールディングスの取締役なんですが、そうすると、一回りも二回りも年配の社員よりも私の方が役職が上です。長く勤めてきた社員からすると『突然何を始めるんだ』という不安な気持ちもあったかと思います。できるだけ意見を言いやすい環境にできるよう、フラットにコミュニケーションを取るように心がけてきました。現場では、『役職』では呼ばれず、『ショータローさん』と呼ばれていますね。」

山田さんが企画した初めての大規模プロジェクト。うまくいったのかが気になります。

「地域の人に受け入れられるだろうか、不安もありながらのスタートでしたが、最初の2ヶ月で5,000人の利用者を数え、順調な滑り出しをすることができました。

地元の友人から『県外の友達にこんな施設があるなんて子育てしやすい街でいいねと言ってもらったよ』といった嬉しい連絡をもらえるなど、まだまだ始まったばかりですが作ってよかったなと思っています。」

// 地域の魅力となる「事業」を作りたい

まだまだ20代と若い山田さんですが、これからはどんなことをしたいですか。

「家業を継ぐという意味でいうと、具体的な時期については特に家族とも話をしていません。社長である父親もまだ50代半ばと若く、ゆくゆくは継ぐんだろうなぐらいの感じです。

なので、社長になるための準備ではなく、子供の頃夢見ていた『実業家』になるためのチャレンジをこれからも続けていきたいと思っています。

キッズパークのようにプロジェクト形式で事業を進めるということに手応えを感じているので、グループ内のほかの事業でもそういった取り組みを始めたい。単に社長というポジションを継ぐのではなく、自分の関わった事業が少しずつ増えていき、そういった中で自然と代替わりが起きる、そんな事業承継ができたら嬉しいですね。」

最後に、企業の後継者として、こんな集まりがあったらいいなと思うことや、こんな人の話を聞いてみたいというのはありますか。

「地元には青年会議所のグループがあります。私はまだ参加していませんが、そういったところでは年齢が近く、同じような後継者ポジションの人あるいは社長さんとの交流ができると思います。

ただ、青年会議所は基本的に地域単位での活動になるので、他の地域で先進的な取り組みをやっている人や、同じように後継者としての課題を共有できる人がいれば是非繋がってみたいですね。」

これからは「地域の魅力作り」をキーワードに事業を成長させていきたいと語ってくれた山田さん。

次のチャレンジに注目したい。

COMPANY

山田グループ「七星会」
山口県内25ヶ所のガソリンスタンドチェーンを展開し、石油製品販売事業を軸に、宝飾品販売や飲食店舗の運営など様々な事業展開をする山田石油(株)・山田石油サービス(株)・山田日之出ガス(株)と『皆様の健康にご奉仕する』をモットーに、スポーツ・レジャー分野に取り組むツルガハマランド(株)を中核とした企業グループ

PROFILE

山田将太郎(やまだしょうたろう)
1990年生まれ
・(株)山田事務所 取締役
・山田石油(株)事業企画室室長
2009年3月山口県立徳山高等学校卒業、2013年3月慶應義塾大学商学部卒業、2013年4月株式会社リクルート入社 経理室配属、2018年3月株式会社リクルート退社、2018年6月より現職


ツグムくん、ヤマダ先輩のお話どうだった?

「単に社長というポジションを継ぐのではなく、自分の関わった事業が少しずつ増えていき、そういった中で自然と代替わりが起きる、そんな事業承継ができたら嬉しい」っていう言葉が、とてもしっくりきました・・・・!かっこいいなあ。。